寛ぎブログ

2026.10.22更新

東洋医学・経絡とツボの物語

胃経 肆
地倉(ちそう)

口元の動きと顔面神経を考えるツボ

足陽明胃経 ST4 / DICANG

笑ったとき、左右の口角は 同じように上がっていますか。

口から水がこぼれる。 笑顔が左右非対称になる。 片側の頬がうまく動かない。

こうした変化には、 顔面神経や表情筋の働きが 深く関わっています。

今回ご紹介する 地倉(ちそう)は、 足陽明胃経の第4穴。 口角のすぐ外側に位置するツボです。

東洋医学では古くから、 口元のゆがみや顔面の不調と 関係づけられてきました。

一方、現代医学では、 口元の動きの異常には 顔面神経麻痺や脳卒中など、 早急な診断が必要な病気が 隠れていることもわかっています。

今回は、地倉というツボを入り口に、 口元の仕組みと東洋医学の考え方、 そして医療機関を優先すべき症状について 詳しく解説していきます。

一、地倉とはどんなツボ?

地倉は「ちそう」と読み、 国際的な経穴番号では ST4と表記されます。

足陽明胃経の45穴のうち、 第4番目にあたる経穴です。

「地」は大地、 「倉」は穀物などを蓄える倉を意味します。

地倉という名前は、 飲食物を取り入れる口の近くにあることから、 穀物を蓄える場所にたとえた名称と 伝統的に説明されることがあります。

ただし、名称の由来には 伝統的な解釈が含まれ、 現代医学的な機能を示すものではありません。

地倉の基本情報
  • 名称:地倉(ちそう)
  • 経穴番号:ST4
  • 所属:足陽明胃経
  • 胃経45穴の第4穴
  • 位置:口角の外側0.4寸
  • 左右の口角付近に存在
  • 表情筋や顔面神経の枝が分布する領域

二、地倉の場所はどこ?

地倉は、口角の外側に位置するツボです。

WHOの標準経穴位置では、 口角から外側へ0.4寸 の位置にあります。

ほうれい線の溝、 またはその延長線上にあたる部位です。

ここでいう「寸」は、 一般的な長さの単位ではなく、 身体の部位に応じた 東洋医学の相対的な尺度です。

正面を向いたとき、 瞳孔から真下に下ろした線が 位置の目安になることもあります。

これまでの胃経との位置関係

承泣(ST1)― 目の下↓ 四白(ST2)― 眼窩下孔 ↓ 巨髎(ST3)― 頬 ↓ 地倉(ST4)― 口角の外側 ↓大迎(ST5)― 下顎

※足陽明胃経の経穴配列を わかりやすく簡略化しています。

三、口角はどのように動いている?

私たちは、笑う、話す、食べるといった 日常動作のなかで、 何度も口元の筋肉を使っています。

口角の周囲には、 細かな表情筋が集まっています。

① 口輪筋(こうりんきん)

口の周囲を取り囲む筋肉です。

唇を閉じる、すぼめるといった 動きに関係します。

② 大頬骨筋(だいきょうこつきん)

頬骨から口角の方向へ走る筋肉で、 笑顔をつくる際に重要な働きをします。

③ 口角挙筋(こうかくきょきん)

口角を引き上げる働きに関わります。

④ 口角下制筋(こうかくかせいきん)

口角を下方向へ動かす筋肉です。

これらの筋肉が協調して動くことで、 私たちはさまざまな表情を つくることができます。

そして、この表情筋の多くを 動かしているのが顔面神経です。

四、顔面神経と三叉神経の違い

顔の働きを理解するうえで、 顔面神経と三叉神経の区別は とても重要です。

顔面神経・第VII脳神経

主に表情筋の運動を担当

笑う・口角を上げる・目を閉じる

味覚や涙液・唾液の分泌にも関係

三叉神経・第V脳神経

主に顔面の感覚を担当

触覚・痛覚・温度感覚など

咀嚼筋の運動にも関係

地倉付近には、 顔面神経の頬筋枝などが支配する 表情筋が分布しています。

また、顔の感覚に関わる 三叉神経の枝も周囲に分布しています。

解剖学的な関係と治療効果は別です

地倉の近くに神経や表情筋が 存在することは解剖学的に説明できます。

しかし、そこに鍼を刺せば 顔面神経の働きが正常に戻る、 という意味ではありません。

神経の解剖学と鍼灸の治療効果は 区別して考える必要があります。

五、古典では地倉を何に使ってきた?

伝統的な鍼灸では、 地倉は口元や顔面の症状に 関わる経穴として用いられてきました。

  • 口眼歪斜(こうがんわいしゃ)
  • 口角のゆがみ
  • よだれが出る状態
  • 頬や口元の痛み
  • 顔面のひきつれ
  • 口周囲の運動異常

「口眼歪斜」とは、 口や目の周囲に左右差が現れる状態を 表す古典的な言葉です。

ただし、これは現代医学における 特定の病名と一対一に対応するものではありません。

古典では、風邪(ふうじゃ)や 経絡の気血の滞りなどを用いて 説明する場合があります。

こうした東洋医学の概念は、 現代医学のウイルス感染や 神経の炎症などとは異なる説明体系です。

六、顔面神経麻痺とは?

顔面神経麻痺とは、 顔面神経の働きが障害され、 表情筋がうまく動かなくなる状態です。

代表的な症状には、 次のようなものがあります。

  • 片側の口角が上がらない
  • 水や食べ物が口からこぼれる
  • 片側の目が閉じにくい
  • 額にしわを寄せにくい
  • 笑顔に左右差が出る
  • 味覚が変化する場合がある
  • 涙や唾液の状態が変化することがある

ただし、同じような症状でも 原因は一つではありません。

① ベル麻痺

ベル麻痺は、末梢性顔面神経麻痺の 代表的な病気です。

原因が明確に特定できない 急性の顔面神経麻痺で、 顔面神経の炎症や腫れが 関係すると考えられています。

発症後早期、一般に72時間以内の ステロイド治療が重要とされています。

② ラムゼイ・ハント症候群

水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化によって 起こることがあります。

顔面神経麻痺に加えて、 耳の痛み、発疹、難聴、 めまいなどを伴う場合があります。

こちらも早期の診断と 適切な治療が重要です。

③ 脳卒中などによる顔面麻痺

脳梗塞や脳出血などでも、 顔の動きに異常が生じることがあります。

突然の顔のゆがみが出た場合は、 原因を自己判断してはいけません。

七、顔面神経麻痺と脳卒中の違い

末梢性顔面神経麻痺では、 顔の片側の額、まぶた、口元などが 広く動かしにくくなることがあります。

一方、脳卒中による中枢性顔面麻痺では、 口元の症状が目立ち、 額の動きが比較的保たれる場合があります。

しかし、これだけで 安全に見分けることはできません。

脳幹の脳卒中では、 末梢性顔面神経麻痺に似た 症状が出ることもあります。

突然の顔のゆがみは脳卒中の可能性もあります
  • 突然、顔の片側が下がった
  • 片腕や片脚に力が入らない
  • ろれつが回らない
  • 言葉が出ない、理解しにくい
  • 突然、物が見えにくくなった
  • 急なふらつきや歩行困難
  • 突然の激しい頭痛

これらは脳卒中でみられる 重要な症状です。

疑わしい場合は、 直ちに119番へ連絡してください。

症状が短時間で消えても、 一過性脳虚血発作(TIA)などの 可能性があるため、 緊急の評価が必要です。

また、顔の麻痺だけであっても、 急に発症した場合は 速やかな医療機関での診察が必要です。

八、顔面神経麻痺に鍼灸は有効なの?

顔面神経麻痺に対しては、 鍼灸を用いた臨床研究が これまで複数行われています。

一部の研究では、 鍼灸を併用した群で 症状の改善を示す結果が報告されています。

しかし、研究には重要な限界があります。

2022年のコクラン・レビューでは、 対象となった6試験、 合計537人のデータについて、 研究方法や報告の質に問題があり、 鍼治療の有効性について 信頼できる結論を出せないとされました。

さらに、2025年までの研究を対象とした システマティックレビューの 総括的な検討でも、 有益性は示唆されるものの、 研究の方法論的な質が低いことが 大きな課題とされています。

現在の研究からいえること
  • 鍼灸の有益性を示唆する研究は存在する
  • 研究の質に課題がある
  • 効果の大きさや確実性は十分に確立していない
  • 地倉単独の効果は明確ではない
  • 標準的な医療を置き換える根拠はない

また、顔面神経麻痺には 自然に改善する例もあるため、 施術後の改善をすべて鍼灸の効果と 判断することはできません。

当院では、医療機関での診断と 必要な治療を優先したうえで、 鍼灸の役割を検討することが重要と考えています。

九、目が閉じにくい場合にも注意

顔面神経麻痺では、 まぶたを十分に閉じられなくなる 場合があります。

その状態が続くと、 角膜が乾燥したり、 傷ついたりする危険があります。

医療機関では状態に応じて、 人工涙液や眼軟膏、 眼の保護などが検討されます。

目が閉じられない、 痛みや見えにくさがある場合は、 眼科での評価も重要です。

眼の保護を鍼灸で代用することはできません。

十、地倉を自分で押してもよい?

地倉は口角に近く、 指で触れやすい場所にあります。

しかし、周囲には神経や血管、 表情筋が存在します。

特に麻痺や痛み、 しびれがある場合は、 強く揉んだり押し込んだりすることを おすすめしません。

避けたいセルフケア
  • 口角を強く引っ張る
  • 痛みを我慢して押す
  • 麻痺した顔を強く揉み続ける
  • しびれがあっても刺激を続ける
  • 炎症や傷のある部分を刺激する
  • 自分で鍼を刺す

顔面神経麻痺の回復過程では、 不適切な強い運動や刺激が 望ましくない場合もあります。

リハビリテーションは、 症状や回復段階に応じて 専門家の指導を受けることが大切です。

十一、東洋医学では口元と全身をどう考える?

足陽明胃経は、顔面から首、 胸、腹、脚、足先へ続く経絡です。

古典的には、飲食物を受け入れる 口や消化との関係を含め、 全身の状態を考える経絡のひとつです。

東洋医学では、顔面の症状についても 気血の状態や陰陽、 臓腑の働きなどを参考にします。

当院では、顔の症状について ご相談を受けた場合、 医療機関での診断や治療内容を確認し、 必要に応じて次のような点も伺います。

  • 症状が始まった時期
  • 顔の動かしにくさの程度
  • 痛みやしびれの有無
  • 睡眠時間と睡眠の質
  • 首肩の緊張
  • 日常的な疲労
  • 食欲や胃腸の状態
  • 便通の状態
  • 冷えや生活リズム

こうした確認は、 全身の状態を把握するためのものです。

東洋医学的な問診だけで 顔面神経麻痺の原因を特定したり、 脳卒中を除外したりすることはできません。

十二、鍼灸治療院 寛ぎの施術方針

当院では、症状が出ている部位だけではなく、 身体全体の状態を確認することを 大切にしています。

伝統的な東洋医学の考え方を尊重しながら、 現代医学による診断や治療が 必要な場面を見極めることも重要です。

急性の顔面神経麻痺では、 医療機関での早期診断と治療を優先します。

そのうえで、 鍼灸の適応や安全性を検討します。

当院の全身鍼灸

「調和陰陽・疏通経絡・調整臓腑」

気血・経絡・臓腑・陰陽の状態を確認し、 身体全体を東洋医学的な視点から 整えることを目指します。

施術時間:90分程度
料金:11,000円(税込)
美顔鍼付き

※施術内容は症状、体調、安全性に応じて 決定します。地倉への刺鍼を必ず行う ものではありません。

※顔面神経麻痺に対する治療効果や 回復を保証するものではありません。

十三、まとめ ― 口元の小さな動きと身体の仕組み

地倉は、足陽明胃経の第4穴です。

口角の外側に位置し、 古典では口元のゆがみや 顔面の運動異常などと 関係づけられてきました。

現代医学では、 口元の動きに顔面神経と 複数の表情筋が関わることが 明らかになっています。

一方、突然の口角のゆがみには、 ベル麻痺や脳卒中など、 医療機関での迅速な対応が 必要な病気も含まれます。

鍼灸の研究は続いていますが、 その効果については まだ不確実な点があります。

東洋医学の知恵を活かすことと、 必要な現代医学の診断・治療を 受けることは対立するものではありません。

それぞれの役割を正しく理解することが、 安全で適切な健康管理につながります。

ACUPUNCTURE CLINIC KUTSUROGI

身体を、全体から見つめる。

鍼灸治療院 寛ぎでは、 症状と全身の状態を確認しながら、 一人ひとりに合わせた 施術を大切にしています。

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※急な顔面麻痺や脳卒中が疑われる症状は、 鍼灸予約よりも救急受診を優先してください。

参考資料・医学的情報

1. WHO Regional Office for the Western Pacific. WHO Standard Acupuncture Point Locations in the Western Pacific Region. 地倉(ST4)の標準位置。

2. Cochrane Database of Systematic Reviews. Acupuncture for Bell's palsy. 2022. 日本語の研究レビュー

3. The efficacy and safety of acupuncture treatment for peripheral facial paralysis: an overview of systematic review and meta-analysis. 2025. 研究概要

4. National Center for Complementary and Integrative Health. Acupuncture: Effectiveness and Safety. 資料を見る

5. NHS. Bell's palsy. 資料を見る

6. Centers for Disease Control and Prevention. Signs and Symptoms of Stroke. 資料を見る

本記事は一般的な健康情報です。 特定の病気の診断や治療の代わりにはなりません。 伝統的な使用法と科学的に確認された効果を 区別して説明しています。